碓氷(うすひ)

碓氷郡松井田町と長野県の軽井沢町の境、碓井峠のあたり。『日本書紀』の、日本武尊が弟橘媛を偲んで「吾嬬者耶」と三嘆した伝承でも知られる。『万葉集』に、

日の暮に碓氷の山を越ゆる日はせなのが袖もさやにふらしつ(万葉集3420)
ひなくもり碓氷の坂を越えしだに妹が恋しく忘らえぬかも(万葉集4431)

の二首が載るが、中古・中世においては、例えば藤原範兼『五代集歌枕』で「碓氷の山」「碓氷の坂」の項目に上の二首が引用され、藤原清輔『奥義抄』の「出万葉集所名」に「碓氷の山」「碓氷の坂」が挙げられる等、歌学書や歌枕書ではその存在が認識される一方、実作は極めて乏しく、

白妙に降りしく雪の碓氷山夕越えくればしかも道あり(宝治百首・定嗣)

あたりが希少な用例である。その碓氷山が紅葉の名所として復活したのは、中山道が発展した近世になってからであろうか。紅葉を取り合わせた歌として、

山の名は碓氷といへどいくちしほ染めて色濃き峰の紅葉葉(千曲の真砂)
碓氷とはいつの代よりか濃き紅葉昔の人に会うて問はばや(閑度雑談)

といった例が見出せるが、所名の「碓氷」と紅葉の色彩の「濃き」を対照した、趣向の見え透いた歌に過ぎない。
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