金井美恵子(かない みえこ)
松 本 鶴 雄
金井美恵子は昭和二十二年(一九四七年)十一月、高崎市九蔵町に生まれた。子供時代から大変な文学少女で小説や詩の類いを漁り乱読していたそうだ。県立高崎女子高校時代には国語だけがずば抜けていて、他の教科は見向きもしなかった等の伝説が今も残っているらしい。その時代、つまり彼女が高崎女子高校の頃、私の友人に「婦人公論」の編集をしていたのがいた。そこへ訪ねて行った折、大変な才媛が出たぜ、と友人から私は初めて彼女の話を聞いた。「婦人公論」掲載の彼女のエッセイを見せられ、その文中に使われた網タイツとミニスカートの、彼女の写真と対面したわけだ。「この子は伸びるよ、すごい才能だ」と言った友人の言葉どおり、それから間もなく、彼女の小説『愛の生活』が雑誌「展望」が主催した第三回「太宰治賞」の候補になった。颯爽とした登場であった。
その太宰賞は昭和四十二年(一九六七年)であった。その年、彼女は第八回「現代詩手帖賞」も受賞した。小説だけでなく詩作、詩論にも秀で、詩誌「凶区」同人となり、天沢退二郎たちと交友を深めていた。その翌年、『愛の生活』『エオンタ』『自然の子供』を収めた小説集『愛の生活』が筑摩書房より刊行された。今、手元にあるその本を見ると表紙の絵と装丁は姉の金井久美子が手掛けている。姉は画家で、後に姉妹合著の美しい詩画集なども出すことになる。
《一日のはじまりがはじまる。
昨日はどこで終わったのか、わたしにははっきりした記憶がすでにない。
昨日がどんな日であったかを、正確に思い出すことがわたしには出来ない。枕元の時計を見ると十時だ。昨日の夕食に、わたしは何を食べたのだろう? 昨日の夕食に、わたしが食べたのは牡蛎フライ、リンゴとレタスのサラダ、豆腐のみそ汁だった。》
右は処女作『愛の生活』の書き出しである。ふつうの多くの小説では時間は前方に向かって途切れることなく流れ、その上にストーリーが展開するのだが、彼女の小説では時間のそのような流れはなく、ことごとに在来の時間観を突き崩すことで作品が成立している。この書き出しでも「わたし」は昨日のことが正確に思い出せないという、時間の順序だった流れへの反逆から小説が始まっている。
しかもそのような旧来の小説的時間概念を否定するような作風は小説空間やストーリーも容赦なく解体する。それは純粋に言語のみが屹立する世界である。その傾向はその後の小説『夢の時間』『奇妙な花嫁』『兎』『アカシア騎士団』『くずれる水』等でさらに先鋭化する。彼女は日本のアンチ・ロマンを目指し、詩でも同じ実験を繰り返している。