オピニオン21・視点

大手拓次の秋

松 本 鶴 雄

 秋になると、いつも大手拓次の「ふかみゆく秋」という詩が私の心に浮かんで来る。

とほくおとなひの手をのぞかせて、
あらはにもさびしさをのべひろげる秘密の素肌、
あしおともかろくながれて空の虹をいろどり、
砂地のをかにもみぢする木の葉をみおくり、
ちからのないこころのとびらをあけて、
わたしは、ふかみゆく秋のねにききとれる。

 右は大正時代後半の詩を集めた詩集『藍色の蟇』に載っている。秋を憂い顔の美しい女性にたとえて、最後の行で人称が(わたし)に転換される。そのために秋の情感を共有する呼吸の妙が、何とも言いがたい魅力になって来る。「ちからのないこころのとびらをあけて」の新鮮な感覚もいい。今回、原子朗氏が新しく編集した岩波文庫『大手拓次詩集』に収録されている訳詩集の中のカール・ブッセの『秋のはじめ』の「いま秋が来た、空は不思議に青白くなり」やアルベール・サマンの『秋』の「うづまく風は扉をたふし/そのしたに森は髪のやうに身をもだえる」もよい。拓次は秋の詩人であったようだ。
 大手拓次は明治二十年(一八八七年)に磯部温泉の草分けの鳳来館に生まれた。昭和九年、茅ヶ崎のサナトリューム南湖院で四十六歳で亡くなった。ちょうどその頃、私の亡母も結核でそこへ入院していたので、余計に十代頃から、私は大手拓次の詩に心ひかれたのかも知れなかった。彼の詩はひらがな表記が多く、象徴表現が多用されているので、意味がよくつかめない箇所もあったが、それ以上にことばの底を流れるリズムが素晴らしかった。彼は生涯独身で、若き日、同じ会社に勤めていた山本安英に恋心を抱くが、片思いのまま告白もできなかったエピソードを知り、さもあろうと同意できた。純粋というほかないが、それは単純な意味での純粋とは、どこか違うのである。そういう人種はいつの時代にもどこの国にもいるものだとは、現在の感想だが、その当時の私は大手拓次と宮沢賢治の詩に夢中だった。いずれも独身で、こころざし半ばで早死にした点も同じである。
 群馬は詩人が多い。その頃、そのほかの詩人も読んだが、やはり大手拓次が一番だと私は思い込んでいた。今考えれば萩原朔太郎のニヒリスティックなデカダンの雰囲気の魅力がわからない年齢だった。また山村暮鳥は単純すぎた。萩原恭次郎は雑然として情味がなかった。ただ大手拓次の純白な、淡彩画のようなサンボリズム、ひらがなのくねくねした効果をそれに合わせたリズム、それが私のハイティーン感覚によく響いたのであろう。
 しかし文学などを大学で講じる今の立場から、ふりかえって再び大手拓次を考えた時、拓次評価はもっと上がるのが当然ではないかとも思う。そこには朔太郎とは別の現代的な魅力がある。それを理屈っぽく言えば、組織や集団の中で個が溶けて流れて行く現代のような時代にあって、その詩は小さな自我に執し、それをひそかに大事にし、ただ、ひたすら、自他共にいとおしむことを暗示し、教えてくれる世界につながっているようだ。(一九九六年、十月、上毛新聞掲載)