高野聖・二ノ宮演劇農園うらにわ(イカロスの森)
オモテ ウラ ☆ひとこと……
そもそも高野聖・宗朝は“宗門名誉の説教師”。
明治時代の説教師といえば、
寄席に出る講釈師に優とも遜色らぬ話術を操り、観衆を酔わせる伝道者。
原作の描く宗朝がその類の説教師であったか否かは別として、
敦賀の宿で“まぁ聞かっしゃい”とはじまる彼の話が
講釈風なのは、理がないわけではない。
原作の持っている、
現在の敦賀の宿で、数十年前の飛騨越え・山中の孤家での出来事を話す、
数十年前の出来事の語りが続く途中に
それを語っている現在の敦賀の宿の場が顔を出す、
という構造を、上手く処理し生かした演出。
そのためには、
芝居がかった講釈風が効果を上げていたのではないかと。
山中の孤家の女の声が独特。
明治はじめの魔女だからと言って、
和風の色っぽい声とも限るまい。
ついつい、
新派の女形か、
「白夜の妖女」の月丘夢路あたりでイメージしてしまいがち。
認識をあらたにしました。
上演リストに戻る
表紙に戻る