No.25.


『吾妻鏡』の一断面

美学美術史学科・教授 麻木 脩平

 『吾妻鏡』と言えば、鎌倉幕府自らが編纂したいわば幕府の正史であり、信憑性の高い一級の史書とされている。もっとも政治上の事件については、北条氏の都合のよいように曲筆や意図的な隠蔽がしばしば行われている、ということも指摘されてきた。しかし政治色の濃い記述を離れても、首をかしげたくなるような記事に出合うことがある。たとえば文治5年(1189)9月奥州藤原氏が亡ぼされた直後、中尊寺・毛越寺の寺僧が寺領の安堵を頼朝に願い出た際、両寺の堂塔仏像の由緒を記した注文を差し出しており、9月17日の条にその全文が引用されている。その中で特に注意を引くのは、藤原基衡が毛越寺の創建に際して、金堂の仏像を仏師雲慶に作らせたというくだりである。『吾妻鏡』では、鎌倉初期に活躍した運慶を「雲慶」と書く例が多く、また12世紀に運慶の他に「雲慶」という有力仏師が実在した証拠もないので、この場合も運慶のことを指していると解される。しかし基衡の活動期である12世紀前半から半ばを少し過ぎる頃では、運慶はまだ幼少だったはずで、彼が基衡の注文を受けることなどあり得ない。しかもその時の様子について、『吾妻鏡』は大略次のように記しているのである。
 雲慶は上中下いずれの等級の仏像にすると尋ねたところ、基衡は中級を選んだ。造物の報酬として基衡は金百両、鷲羽百尻、水彪(あざらし)の皮六十余枚、安達絹千疋、希帰布二千端、糠部の駿馬五十疋、白布三千端、信夫毛地摺千端、ほかに山海の珍しい品も添えて送った。仏像が完成するまでの三年間、これらの物を運ぶ荷駄の列が山道・海道に絶えることがなかった。これとは別に生美絹を船三艘に積んで送ったところ、雲慶が冗談に「これが練絹ならもっとよかったのに」と言ったので、基衡は今度は練絹を三艘の船で送り届けた。また出来上がった仏像を鳥羽法皇がご覽になって、その比類のない出来栄えに感心され、都の外に出してはならぬと命じられたので、基衡は困惑して関白忠通に嘆願し、そのとりなしでやっと勅許を得て毛越寺に安置することができた、うんぬん。
 これではまるで説話の世界である。基衡没後30年余の文治5年という時点で、中尊寺や毛越寺の僧が、実際にこのような文書を頼朝に提出したとは、私には信じられない。『吾妻鏡』はその前半部が文永年間(1264〜75)、後半部は正応〜嘉元年間(1288〜1306)の成立とするのが通説で、全部を14世紀初頭の編纂と解する研究者もある。いずれにしてもその編纂時に、原文の潤色が加えられたと考えるべきではあるまいか。しかし北条氏の政治的立場と何ら関係のないこのような放しを、いったいどういう理由から潤色したものか、私は未だに編者の意図を計りかねている。

雑感―図書館の在り方をめぐって―

英文学科・教授 片桐 庸夫

 日本では、大学の評価は偏差値で決定される傾向が強い。アメリカの場合には、各大学の様々な設備、教授陣、図書館などの充実度の総合評価で決定される。
 従って、アメリカの大学間に於いては、設備の充実、優秀な教授のスカウト、図書館の充実などに凌ぎを削る競走が行われ、その結果により、大学のランクが毎年変動する。
 ここでは、その中の図書館、特にハワイ大学図書館を例にして話題を進めてみたい。
 理由は、私がよく利用することから、その内容をある程度知っていること、ハワイ大学が規模は異なるとはいえ、群馬県立女子大学とある意味では位置付けや性格が共通する州立大学であることによる。
 ハワイ大学は、アメリカでは中程度のランク評価を受けている。しかし、総合図書館、大学院図書館、学部併設の図書館を有し、日本では一番の蔵書数を誇る慶応義塾大学図書館よりも、その蔵書数は多い。
 また、ハワイが太平洋の真ん中にあることから、アジア・太平洋地域(残念ながら日本文学関係の蔵書数も本学よりも多いと思われる)、ポリネシア文化、海洋、天体などの図書や一次史料の蒐集などに努力している。
 ランクを上げるためのこうした努力の集積が、実は大学の特徴や個性を生み出し、アメリカ国内ばかりでなく広く世界から研究者を訪れさせる大きな要因ともなっている。
 ハワイ大学図書館の例は、私達には耳が痛い面も多い。しかし、それ以上に県立大学としての図書館の充実やあるべき方向性を考える際に多くの示唆を与えているといえよう。

私と図書館

木暮 律子

 「今日はいずみ号が来るよ。」小さい頃、団地に住んでいた私は、母のこの言葉を聞いただけでウキウキしたものだ。「いずみ号」というのは、たくさんの本を積んで走る市立図書館の巡回バスのことである。このバスのおかげで私は読書の楽しさを知ることができ、その楽しみを与えてくれる図書館が大好きになったと思う。小学校へ入学すると、いずみ号よりはるかに広い学校の図書館が待っていた。放課後、図書館に寄ってから家に帰り、帰ったら真先に借りてきた本を読むというのが私の日課になった。しかし、中学に進み、部活が忙しくなると図書館へ行くことはほとんどなくなってしまった。高校の図書館もどこにどんな本が置いてあったか覚えていないが、市立図書館だけはよく利用した。学校が終わってからや日曜日、市立図書館の学習室が私の勉強部屋であった。大学生になると県立、市立の図書館のほか、大学図書館、大学のある玉村町立図書館と、利用できる図書館がさらに増えた。この四つの図書館はそれぞれに特徴があり、この種の本を借りるならこの図書館、あれを調べるならあの図書館と目的に応じてよく通った。しばらく行かないと図書館の雰囲気が恋しくなってしまう。
 四月からは新しい土地での生活が始まる。見知らぬ土地で初めての一人暮らしというのは不安だが、そこにもまた図書館があると思うと何だかホッとする。これからどんな図書館にめぐり会えるのか、とても楽しみである。

大学の図書館を訪れて

附属図書館長 阿天坊 耀



 一昨年の4月に図書館長に就任して、後1ケ月程で任期の2年を終える。新図書館建設の構想もあり、他の大学の図書館は本学の図書館と較べどのような状況にあるのか見る必要があったし、また私自身他の一般の図書館を含め図書館の現状を知りたくもあったので、数は限られてはいるが幾つかの図書館を訪れた。ここでは私がこの2年間程の間に視察・見学した4校の公立大学、即ち会津大学、横浜市立大学、広島女子大学、高崎経済大学の各附属図書館について、細かいデータは避けて、そこで受けた印象について率直に述べてみたいと思う。
 図書館長に就任して6月に会津大学を当番校として公立大学図書館協議会が開かれた。会津大学はコンピュータ専門の理工学部の大学として創設された。古い歴史の町会津若松にこのように時代の最先端を行く学問を追求する大学が作られたという事は私にはなかなか意味ある事と思えた。広い敷地の中に大学は在った。コンピュータには全く疎い私には、とにかく専門の大学だけあって視角メディアの施設の素晴らしさには驚くばかりであった。恐竜が空を飛んでまさに自分の方に向かって来るのである。勿論図書館(会津大学情報センター附属図書館)の電算化が完璧に行われていた事は言うまでもない。
 横浜市立大学図書館は一昨年の12月に公大協の図書館の役員会が開かれた折に訪れた。京浜急行の金沢八景駅を下りて歩いて数分の所に大学は在る。公立大学としては随分大きい大学という印象を受けた。ここの図書館のもつ特色として、江戸時代の古地図や地理学書を集めた鮎沢文庫が挙げられよう。これら古地図は全部木で造られた大変立派な貴重図書室に収められていた。私も降る地図には興味があるので、大変楽しく見せていただいた。ここではまた積極的に「社誌」の類を収集しているとの事であった。他にはない特殊な資料を収集し、それらを学生や研究者のみにではなく、一般の人々にも利用していただくという事は、大学の図書館の一つの大切な使命でもあると感じた次第であった。
 広島女子大学には、そこに新設の附属図書館が出来、また公立の女子大で本学とほぼ同じような規模の大学という事で一昨年の3月に視察に訪れた。大学はヨJRヨ広島駅前から電車で数分の街中に在る。ここの図書館の特色は何といっても独立した円形のユニークな建物にある。またその外観のデザインもガラスを用いた斬新なものであった。中に入ると円形ホールの上部の周壁に9人のムーサの名称が銘記されていて、館内全体に学問的な雰囲気が漂っていた。電算化も積極的に進められており、新しい時代の一つの図書館のあり方が示されていると思われた。
 高崎経済大学と本学は館長就任当時、群馬県内の2校の公立大学であった(現在では前橋工科大学が加わった3校になった)。同じ公立大学としていろいろと教えていただきたいと思い、また私自身高崎市の住民でもあり以前から新設された図書館を是非見てみたいと思っていたので、就任早々5月に大学を訪れた。新聞等で知ってはいたが、やはり実際に行って見て大変立派な図書館であると思った。門の正面に堂々とした独立した建物として館は立っていた。いろいろな種類の書庫のスペースもゆったりとしているし、閲覧室が設けられている事は大変参考になった。電算化も十分に進められているし視聴覚関係の資料も豊富に揃えてある。
 以上4大学の図書館を訪れた際の印象を手短かに述べて来たが、実際自分の目で見、また各館の館員の方々の懇切丁寧な説明を聞かせていただいて、大変学ぶところが多かったと思う。

その他の図書館情報

寄贈図書(本学教職員関係)
―平成9年1月以降受入分―

論集 樋口一葉
樋口一葉研究会編 平岡敏夫[ほか]執筆
おうふう 1996

屏風絵の景色を歩く
榊原悟著 新潮社 1997

講座 森鴎外 1 鴎外の人と周辺
平岡敏夫[ほか]編 新曜社 1997

講座 森鴎外 2 鴎外の作品
平岡敏夫[ほか]編・著 新曜社 1997

講座 森鴎外 3 鴎外の知的空間
平岡敏夫[ほか]編 新曜社 1997

テネシー・ウィリアムズ台詞論
雨宮栄一著 鳳書房 1997

泉―次代への贈りもの―〈四国編〉
江崎玄編 平岡敏夫[ほか]執筆

麦庵松浦貞俊遺稿1「日本國現報善悪霊異記註釈」覚書 小内一明著 1973
(日本國現報善悪霊異記註釈 松浦貞俊著 大東文化大学東洋研究所刊に収録)

日本霊異記に関する論文三種―麦庵遺稿「日本霊異記註釈」覚書補記―
(東洋研究第三十一号別刷)
小内一明著 1973

歌集 帰雲
片山慶子著 読売・日本テレビ文化センター 1997


本学図書館と他大学図書館との相互協力件数

 全国の国公私立大学・短大図書館、公共図書館は、「知的資料の共有化」を目的として、「資料の相互貸借協定」を締結し、他の図書館から資料を借り受けたり、自館の資料を他館へ貸し出ししたりしています。
 最近、他大学同様、本学においても、教職員・学生から他大学図書館への文献複写依頼件数や、資料(借受け)性急件数が急増しています。
 また、全国の大学図書館間との各種情報システムによるネットワーク化は著しく進展しており、今後、相互協力件数をいっそう増加させ、同時に、対応可能率も上昇させるものと期待されています。

(本学図書館が他大学図書館へ依頼した件数)
年度★平成3★4★5★6★7★8★9★計
文献複写依頼件数★396 ★419 ★420 ★415 ★378 ★261 ★327 ★2,616
資料性急依頼件数★1 ★14★10★14★12★12★24★87

(本学図書館が他大学図書館から依頼された件数)
年度★平成3★4★5★6★7★8★9★計
文献複写対応件数★16★33★29★15★18★36★42★189
資料性急対応件数★7 ★2 ★1 ★3 ★6 ★6 ★3 ★28
※平成9年度は12月末現在

春季休業前後の利用案内
【閉館日】
 2月24日(火)、25日(水)…入学試験のため
 2月27日(金)…館内整理
 3月9日(月)〜4月7日(火)
【長期貸出】
 開始日…2月9日(月)
 貸出冊数…6冊
 返却日…1〜3年生、院生 4月13日(月)
     4年生      3月6日(金)
※新年度は4月8日(水)から開館します。

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