図書館だより No.32 (2001.7.31発行)


どこかで見た風景
美学美術史学科/教授 前田利昌
 先日、近くの野鳥の森へ散歩に出掛けた。散歩といっても102ヘクタールという広い国有林からなる森の中に入るのだから、ハイキングといった方がよいかもしれない。森の中は探鳥路ができていて、すぐそばを小川が流れ、歩道は樹木の間で程良いアップダウンをつくっている。この森には、60種ほどの野鳥が繁殖していると聞くが、さわやかな芽吹きの頃はすでに過ぎて、木の葉の色と共に森全体が深まりはじめていたこともあって、鳥たちのさえずりは聞こえるけれど、姿は葉陰に隠れてあまり見ることができなかった。出発地点から30分程歩いたところに鳥の水飲み場がある。そこはそれまでのうっそうとした茂みとは違うやや開けた空間で、木の葉の間からはやわらかな光が差していて、葉擦れに交じり鳥の声が快く響いていくる。この場所は以前にも、通ったことがあるけれど、私はこことは違う、かつて確かに出会ったことのある同じ様な風景を思い出そうとしていた。
 過日、「耳学問の夕べ」で「自作を語る」という演題のもとに、作品を前にして一時間近く話をする機会を頂いた。このようなタイトルの場合自分が描いた絵について語るのだから、これ程簡単なことはないではないかと思うけれど、実際にはこれがそんなに単純ではない。例えばなぜこの色で他の色ではよくないのか。この線の意味は?画題との関係は?などと質問されても、私は多分いろいろな理由をあげて、そのひとつひとつに対して丁寧に答えることができるだろう。この種の問題は構図上からとか、色彩の持つ性質からなど、絵画における基本的な諸要素から説明がつく。難しいのは完成した絵が、過去の多くを含んでいるという点である。だから自作について語る際、描き始めるきっかけとして何があったか、自分でもよく理解していない部分があって、話しながら、訳のわからないことを喋っている自分に気がつく瞬間がやがて訪れるに違いないのである。森の中の水飲み場辺りの風景も、他日訪れた美術館の中庭に林立した白樺風景も、いずれも普段は何でもない場所であるが、季節や時刻、あるいはそこに差す光の量によって心を強く揺り動かしたりもする。森の中でかつて出会ったことがあると思った風景は、現在制作中の人物をテーマとした絵ではなかったか。柔らかな光や清浄な空気の漂う風景に魅せられた時、私の場合、必ずしも風景画に向かうとはいえず、その場の思いが人物画に重ね合わされることが多いのである。

「すみれは山に詠まず」への挑戦
国文学科/助教授 安保博史
    山路きて何やらゆかしすみれ草
 上は、近江への山越えの途次、芭蕉がふと目にした菫(すみれ)に無性に心ひかれて詠んだ句です。
 当時の文壇名士の湖春はこの句の「山路の菫」を難じ、「すみれは山に詠まず、芭蕉翁俳諧に巧みなりといへども、歌学なきの過ちなり」と叱りました。芭蕉は正式の歌学を学んでいないので、素人のようなミスを犯すのだ、というのです。伝統の歌学では、菫は、「野」に詠んでこそ菫の本意に適うのであり、そうわきまえて詠むのが常套・常識なのです。その意味では、確かに芭蕉は「歌学なき」素人と言えるかもしれません。
 しかし、芭蕉は歌学に縛られない独自の目と耳を備えていました。「見るにあり、聞くにあり、作者感ずるや句となる」(三冊子)という新しい考え方を持っていました。だからこそ、芭蕉は「今」「ここで」見とめた、名もなき「山路の菫」にひきつけられ、その「情」を素直に詠じ得たのでしょう。
 「すみれは山に詠まず」といった伝統的固定観念にこだわらず、<日常>の卑近な題材に新しい感動を発見した芭蕉のしなやかな見方・感じ方は、<退屈な日常>に汲々とする現代人こそ見習いたいものです。芭蕉も「諸事の物に情あり。気を付けていたすべし。普断の所にむかしより云ひ残したる情山々あり」(芭蕉最晩年のことば)と言っています。そうです、「不断の所」<日常>こそが感動の宝の山なのです。

図書館を“散歩”すること
大学院芸術学専攻/牧野あき沙
 私が学部の1、2年生だった頃、図書館に行くのは主にレポートを書く時や、テストが近い時などで、それらが終われば図書館とは全く縁のない生活を送っていた、という記憶があります。私は好んで図書館を利用する方ではありませんでした。そんな私が図書館に週3日以上行くようになったのは、学部の3年生になったときです。始めは人生で最初の「ゼミ」というものの発表に追われ、行かざるを得なかったのですが、そのうち、発表がない時でも図書館に行くようになりました。当時はどうして私が自ら図書館に行くようになったのか、自分でも不思議だと思っていたのですが、最近、なんとなくその理由が分かって来たような気がします。多分、昔より知りたいと思うことが増えて、その事が気になってしまうからだろうと思うのです。
 でも、残念ながら図書館に行けば知りたいこと全てが解決する訳ではありません。そこで、勉強に行き詰まると、私は図書館の中を“散歩”します。普段通ったことがない本棚の間を歩くと、私には全く関係のない本がたくさんあります。その本は今の私には必要ではないけれど、その本がないととても困る人がいるのだろうなと思うと、いつも自分がお世話になっているジャンルの本に深い感謝の気持ちが湧いてきます。そんなことを考えながらまた席に戻ると、なんとなく勉強が進みそうな気がするから不思議です。実際に進んでいるのかは疑問なのですが。

17世紀西欧美術・芸術関係−基本資料コレクション
美学美術史学科/教授 阿天坊 耀
 「17世紀西欧美術・芸術関係−基本コレクション」は17世紀のいわゆるバロック時代を中心に16世紀後半から18世紀前半までの美術に関する研究を網羅した主要な雑誌バックナンバー、作品集、研究書を集めた全114点の資料の集成である。
 Part 1 は4点から成り雑誌のバックナンバー2点と作品集2点から成る。“Apollo”(vols.1-90,1925-1969)は欧米の美術館の展示品論評、新蔵作品の解説などを掲載している雑誌で、絵画、彫刻、装飾写本から音楽、舞台美術まで広範囲な分野を網羅している。バロック時代の美術は当時の芸術全般と深い関わりを持っており、この雑誌は美術作品の来歴や他の諸芸術との関係を学ぶに当たって貴重な情報を提供してくれる。また雑誌“Burlington Magazine”(vols.1-110,1903-1968)はバロック時代を含めヨーロッパの中世から近代に至る美術に関する研究にとって欠かすことの出来ない重要な論文を数多く掲載している雑誌である(本学では開学以来この雑誌を購入しているが、この部分は所蔵していない)。“Master Drawings”(vols.1-34,1963-1996)はルネッサンス以降の素描研究誌である。また“L' Oueuver de Pierre-Paul Rubens”(3vols.1858)はルーベンスの作品の集成である。
 Part 2 はこの時代の美術に関係する主要な著書や研究論文を110点網羅している。16世紀後半から17世紀のヨーロッパは各国がそれぞれ固有の美術を生み出したとは言え、同時にヨーロッパ全土に亘ってバロック様式の美術が主流を占めていた。したがってこの時代の美術を学ぶにはヨーロッパ全体の美術を普く研究しなければならない。本資料はバロック美術を生み出したイタリアを初めスペイン、フランス、オランダ、フランドル、ドイツ、イギリスなどの各国の建築、彫刻、絵画に亘る主要な芸術家と作品に関する貴重な著書や研究論文を網羅している。
 ますこの時代の全般的な美術や建築の歴史を扱った書が13点ある。その中には、バロック時代の建築や美術の基本的な書であるTapieとVictor-L .の著書“Architecture History”(1966)が含まれている。
 イタリア美術の研究書の中にはLionello Venturi の“Italian Painting”(3vols.1950-52)が含まれており、この書はルネッサンス、カラヴァッジオ以降のイタリア絵画を扱った貴重な文献である。この他にミケランジェロ、ヴェロネーゼ、ティントレッド、カナレット、グァルディ、ティエポロの書物も入っている。
 スペイン美術としては総括的なJ.Lassaigne の“Spanish Paintings”(2vols.1952)に加えエル・グレコ、ベラスケス、ムリリヨ、スルバラン、リベラなど17世紀スペインの代表的な画家についての研究書が数冊入っており、またこの他にゴヤの本も加えてある。
 フランス美術では17世紀のフランス絵画を扱ったC.Wright の“French Panintings”(1985)などの総括的な書の他プッサン、クロード・ロラン、ル・ナン、ブーシェ、ワトーなど17-18世紀にかけての代表的な画家についての書が含まれている。
 フランドルの美術としてはルーベンスを初めとしヴァン・ダイク、ヨルダーンスについての書が数冊含まれている。
 オランダ美術としては、特に“Rembrandt / Collection of Frits Lugt”(1977)はレンブラントを中心とするオランダの画家の素描集で今では入手が困難な貴重な文献である。またR.van Luttervelt の“Dutch Museums”(1961)もオランダ美術の研究に非常に役に立つ書物である。
 以上の他にイギリスの美術についても総括的な書が数点含まれている。
 

その他の図書館情報
『シアター・テレビジョン』受信開始
 演劇・演芸・オペラ・ダンスなどの舞台を中心に放映している、スカイパーフェクTV『シアター・テレビジョン』が、5月11日から図書館で視聴できるようになりました。昨年から受信を開始したスカイパーフェクTV『伝統文化放送』と同様に、各学科の教員・学生の利用が多数あり、好評を得ています。

公立大学協会図書館協議会総会に出席
 6月1日、公立大学(74大学)の図書館協議会総会が神戸市内で開催され、本学附属図書館からは戸澤義夫館長と川島裕図書課長が出席しました。席上、公立大学図書館として、電子ジャーナルの共同購入案作成をより推進させること、著作権法の学内啓発をおこなうことなどが承認されました。

公立大学協会図書館協議会幹事館に就任
 公立大学協会図書館協議会総会では、本学附属図書館の東部地区(北海道、東北、関東の20大学で構成)選出幹事館就任も承認されました。これにより、当附属図書館が9月28日に、高崎市内で地区館会議を主催するほか、地区館の様々な意見や、事務処理などのとりまとめをおこなうことになりました。

研究室図書のデータ化を開始
 附属図書館の電算化に伴い、8月から各学科・教員研究室の図書約5万冊のデータ化を開始します。データ化が完了すると、学内LANを通じ、各研究室間、図書館・研究室間の相互検索が可能になります。

● 夏季休業前後の利用案内 ●
【閉館日】
 8月・・・水曜日以外の日(2日と水曜日のみ開館)、土日
 9月・・・3・4・10・27・28日、土日祝日
 ※ 談話室は土日祝日を除く閉館日も利用できます。
   但し9月28日(金)は談話室を利用できません。
【長期貸出】
 開始・・・7月10日(火)〜9月26日(水)
 貸出冊数・・・平常の利用冊数+2冊
 返却日・・・10月10日(水)


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